片づけられない人達の呪い

親戚の法事でおばさん達に遺品とかどうしてる?
って聞いてみると
どうにかしなきゃとは思っているけどそのままあるよ。
どうするんだろうね~ウフフ~とか
捨てられないでいるとのお話ばかり。

私が処分しようと思っていると話すと

「それはダメだ、全部お金だよ」

うううううむ
そうなの? 違う気がする、、、、
絶対違うだろっ!!  

と思ったのですが
いざ処分しようとするとその言葉を思い出してしまう。

呪いですね
自分から呪いにかかってしまったというwww

片づけが得意な人ならそんな事はないのでしょうが
私のように 片づけできない人は
実際、まだ使えるものを処分するって
すごく思い切りがいる事です。

 だからって私 これ使う?いやいや使わないだろ。ってなって
自分のものではないのに
捨てる事に罪悪感を持ってしまう。

じいちゃんの退職記念の立派な大理石の時計なんて
私に捨てさせるんじゃねぇ (ノ`△´)ノ ┫:・’∵:.┻┻:・’.:∵
捨て方が分からず市役所に聞きましたよ。

価値がわからないものなのに
昔から家にあるものも捨てにくいです。
掛け軸とか、書みないな。読めないし、、

呪いが解けなくて家族に相談したんですよね
「あのさー 捨てると財産が減る気がするー」って
家族がなんて言ったか忘れました(ヲイ

でもそのアドバイスで少し呪いが解けた

不要なものを処分する事でそれらに煩わされず
自分が心地よいと思える家にする、
環境にすることに焦点をあてたら
処分する事が楽にできるようになりました。

2 件のコメント

  • 河童先生!こんばんは。
    私、自分のためにやってるんですが 供養になってたらありがたいことです。
    母の若い頃の写真をちらっと見た後で、洋服を整理していたら
    写真で見たジャケットがありました。
    「うんうん そうだよねー これ着てた頃のお母さん、きれいだったよ。」
    そんな風に喪の作業をするのも いいかもしれませんね。
    森博嗣さん、知らなくて検索してみました。読んでみたくなりました。
    今、ドラマ化されている作品があるのですね。
    それも見てみます。

  • 執着ではなく思い出として残すために、どれを残しどれを一緒に成仏させてあげるのか、判断つきかねるところを、まよいつつ考えつつ、それでも整理するのが、喪の作業であり供養でもあるのかも。
    森博嗣の相田家のグッド・バイという、自伝的な小説を思い出します。