思い込みの解放

昨日、酷い頭痛だったのに、それでも本を読んでいて
家族に呆れられました。
薬が効かないし、痛さを紛らわせたかった。
もちょっと酷いと明るさや、音にも敏感になって、すこしも動けなくなるんですけどまだましだったから。

今日はちょっと死別についてなど、重い事を書きますので、気分じゃない方は
ここら辺でやめておいてもらうといいと思います。

先日の新月あたりで、あるきっかけをもらい
自分が変とか普通とか
もうどうでもいい。変な人って面白いじゃない!と思えた。
物凄く大きな変化です。
それともう一つ。

夢を見ました。
死んだ愛犬が出てきました。
犬は3年も病気で通院して亡くなったんですが、
辛そうな犬を見て、どうにもしてやれない、辛くて、悲しくて、心細くてというあの頃の気分になっています。
ところが、「ちょっと待て」と外からもう一人の自分が言って、「今はもうつらくない」って私に伝えてくるんです。

あーそうだ。もうあんなに苦しくないよね。悲しい気持ちがすーっと無くなっていきました。
祖母の死後はわりと早くそういう風に思えたけど、母と、その後の犬との死別は、そう思えるまでには結構時間がかかりました。

あまりにしっかり握っている、母や犬への気持ちだったのでこれはもう、手放すのは無理なんじゃないかと思ってたけど、そうではなかったです。

母を、精一杯看病した。でもあまりに状態が悪く、どうしてあげることも出来なかった。
母が人生の最期に、こんな試練をうけなきゃならないなんて。絶望ってこんなかな…。病気が発覚した時には、いつ亡くなってもおかしくない状態でした。

でっかい悲しみと、後悔がごっちゃになって、肥大して、物理的に出来るわけなかった事を含め自分を責めて
できなかった私が悪い、私は幸せになってはいけないって無意識に思ってた。
それを一部開放させることができた。

私、幸せになってもいいんだよ。
病気にならなくても、いいんだよ。

握りしめていた後悔と共に、無意識にそんな
気持ちまで握っていたことに気が付きました。

私が幸せならば、あちらの世界の人も安心する、それを今まで言われても受け取れませんでした。
これからは受け取る事ができます。

思い込みを解放できました。